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最悪のシナリオ

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財政破綻した「ニッポン」で生きる一人のサラリーマンの物語。

 

あなたは、何を感じられるでしょう?

 

金利上昇、デフレ脱却が住宅ローン破産を呼ぶ20XX年1月10日(金)

 

午前6時に人形町のワンルームマンションを出て徒歩で丸の内に向かう。

 

出社前に近くのスターバックスに寄り【3800円】のカフェモカを飲むのが私のささやかな贅沢だ。

 

紙の新聞はずいぶん前になくなってしまったのでiPadを開いてニュースをチェックする。

 

一面トップは、あいかわらず「年金全共闘」で新宿西口に3万人を超える団塊の世代の高齢者が集まり「生きさせろ」と叫びながら警官隊と衝突している。

 

大阪では公務員の大規模ストでゴミが回収できないため道頓堀を巨大なドブネズミが走り回っている。

 

スポーツニュースでは、中国の財閥が買収したFC銀座がバルセロナを戦力外通告されたスター選手に移籍のオファーを出したことが大きく報じられていた。

 

3年ほど前、さしたるきっかけもなく国債価格が下落し、金利が上がりはじめた。最初はなにが起きているのか、国民の誰にもわからなかった。

 

経済学者のなかには、ようやく長いデフレから脱却できるとこの現象を楽観的にとらえる者もいた。

 

それから、物価が上がりはじめた。

 

最初はガソリンと野菜で国際的な石油価格の高騰と冷夏が原因だとされた。

 

だがそれが局所的なものでないことは、すぐに明らかになった。

 

食料品や石油製品だけでなくありとあらゆるものの値段が一斉に高くなったからだ。

 

それでもまだ人々は、比較的落ち着いていた。

 

物価の上昇が急激でなかったため、経済評論家たちはニュース番組で日本経済復活に必要なマイルドなインフレが起きているのだと解説した。

 

実際、この異変は当初、歓迎されていた。

 

預金金利が5%に上がって、「利子で生活が楽になった」と、喜ぶ高齢者がワイドショーで紹介された。

 

円が130円まで下落したことでトヨタやソニーなどの輸出産業が軒並み最高益を計上するようになった。

 

そして、その後、住宅ローン破産が始まった。

 

超低金利に慣れ親しんだ人たちは、ほとんどが変動金利の長期ローンでマイホームを購入していた。

 

それがいまや、ローン金利は10%台まで上がり毎月の返済額は2倍になった。

 

ローンを払えない契約者が続出すると銀行は抵当物件を片っ端から競売で売却した。

 

金利の上昇で大打撃を被った不動産市場に大量の競売物件が流れ込んだために都市部を中心に地価は急落した。

 

政府は当初、住宅ローン破産を防ぐための特別措置を講じようと試みた。

 

だが金融当局は、銀行の財務内容を見たとたんにローンの繰延べや競売の猶予が不可能なことを思い知った。

 

日本の銀行は大量の国債を保有しており国債価格の下落で莫大な含み損を抱え込んでいた。

 

そのうえ担保にしていた不動産価格まで暴落し、いまや数行を除いてほとんどが実質債務超過の状況にあった。

 

不良債権問題を先送りする余裕などなく返済が滞れば即座に処理する以外に選択肢はなかったのだ。

 

日本政府は銀行の連鎖倒産を防ぐために超党派で金融危機特別法を可決させ、時価会計を一時的に停止し、簿価会計に戻すことにした。

 

だがこれは、政府が公式に経済破綻を認めたと受け取られ海外投資家が日本株と円を投げ売りし日経平均は6000円まで暴落、円は1ドル=200円の大台を超えた。

 

翌日物のコールレートは一時20%という消費者金融並みの水準まで上がり、各地で取り付け騒ぎが起こった。

 

銀行救済のために政府は大規模な資本注入を余儀なくされ大半の銀行が実質国有化される異常事態になった。

 

それと同時に、食料品や生活必需品を中心に物価が急速に上がりはじめた。

 

スーパーの値札はたちまち倍になり現金を握りしめた人々が買い物に殺到し店頭からモノがなくなった。

 

日本社会は、パニックに陥った。

 

私はコーヒーを飲み終えると東京駅前のハイアールビルにある会社に向かう。

 

金融危機前は丸ビルの愛称で知られていたがいまや覚えている人はほとんどいない。

 

それ以外にも、サムソンプラザやタタ・ヴィレッジなど東京都心の不動産はほとんどが外国企業に買収されてしまった。

 

私は三十代半ばまで、大手電機メーカーの技術者だった。

 

海外企業との価格競争に巻き込まれてボーナスは年々減らされたが、会社にしがみついていれば定年まで食いつなぐことはできるだろうと漠然と信じていた。

 

だがハイパーインフレが、すべてを変えてしまった。

 

最初に、年金生活の高齢者が家を失って路上生活を始めた。

 

日比谷公園ではホームレスのための炊き出しが1日3回行なわれていて1万人近くが公園内で暮らしている。

 

同様に上野公園や新宿中央公園、荒川の河川敷もダンボールハウスで埋め尽くされた。

 

次いで、公務員のストライキが頻発するようになった。

 

失業率は30%に達し、街には浮浪者が溢れていた。

 

政治家は公務員の給与を引き上げることに二の足を踏み実質給与はいまやかつての半額以下になった。

 

週刊誌には、事務次官の妻がコンビニでレジ打ちをしたり財務官僚の娘がキャバクラで学費を稼ぐ様が面白おかしく取り上げられた。

 

その大混乱を見て、生来臆病な私もこのまま座して死を待つわけにはいかないと腹をくくった。

 

わずかな退職金で会社を辞め、まったく縁のない不動産営業の世界に飛び込んだのだ。

 

生き延びるために不動産業を選んだのには、理由がある。

 

半年ごとに政権と首相が変わったあげく日本がIMF管理になるとの憶測が流れて、ようやく超党派の救国内閣が成立した。

 

新政権の喫緊の課題は財政の健全化で消費税率は25%になり、年金の受給年齢は75歳に引き上げられた。

 

医療・介護サービスは保険料が大幅に上がり自己負担は5割で、歯科治療が健康保険から外された。

 

財政再建の道筋が見えると東京の中心部から不動産価格が上昇しはじめた。

 

円安と地価の暴落によって、外国人投資家にとっては銀座の一等地がかつての5分の1の価格で買えるようになっていた。

 

私の唯一の取り得は、ビジネス英語が話せることだった。

 

辞書を引きながら徹夜で契約書を翻訳し欧米はもちろん中国やインド、東南アジアの投資家に東京の不動産を営業して回った。

 

私が契約営業マンになったのは財閥系の大手不動産会社の子会社だったが、いまでは親会社もろとも中国の投資会社に買収され社員の半分が中国人、香港人、シンガポール人、中国系アメリカ人になった。

 

外国人投資家は彼らが直接営業するから私は日本人顧客の担当に変わった。

 

日本経済が大混乱に陥ったとき、バーゲンハンターとして登場したのは海外投資家だけではなかった。

 

ほとんど知られていなかったが金融危機以前に巨額の外貨資産を保有していた多数の日本人投資家がいたのだ。

 

ビデオ会議で上海の本社に営業報告をしてから、表参道に向かう。

 

最初の顧客は、三十代前半の若者だった。

 

大学を中退してFXとパチスロで生活していた彼は1ドル=100円から300円に通貨が下落する過程でレバレッジをかけた巨額の外貨ポジションをつくり30億円を超える利益を得た。

 

その資金を元手に不動産投資を始めいまでは渋谷や青山に数棟のビルを保有している。

 

金融危機から3年で日本の富裕層はほぼ全面的に入れ替わってしまった。

 

外苑前で2万円のビジネスランチを食べ麻布十番の顧客を訪問する。

 

50歳でリタイアしマレーシアで海外移住生活を送っていたのだが円安と地価の下落を見て、外貨資産を円に戻して日本に帰ってきた「海外Uターン族」だ。

 

彼ら新富裕層のおかげで、私は会社でトップ5に入る営業成績を維持できている。

 

目標に到達できなければ問答無用で解雇されるが、成績次第で青天井の報酬が支払われる。

 

私が以前勤めていた電機メーカーはインドの会社に買収され「同一労働同一賃金」の原則のもといまでは日本人社員もインド人と同じ給料で働いている。

 

今日は早めに仕事を切り上げて、6時の特急電車で長野県の家に帰る。

 

金融危機とそれに続くハイパーインフレで私の実家も妻の実家も、祖父母が年金だけは生活できなくなった。

 

そのうえ父と義理の父がリストラされ、路頭に迷ってしまった。

 

それで田舎に3軒の家と農地を格安で購入し一族が肩を寄せ合って暮らすようにしたのだ。

 

同じようなケースは、他にも多く、日本は大家族制に戻りつつあった。

 

東京駅前には、赤ん坊を抱いた物乞いの女たちが集まっていた。

 

その枯れ枝のような細い腕を掻き分けて改札を通り抜けると5000円のビールとつまみを買ってあずさのグリーン席に乗り込む。

 

平日は都心のワンルームマンションで単身赴任し、週末に家族の待つ田舎に戻る生活を始めて1年になる。

 

プルトップを引いて、冷たいビールを喉に流し込む。

 

この週末は、失業した妻の弟がいっしょに暮らせないかと相談に来ることになっている。

 

娘の進学問題も頭が痛い。

 

将来に不安がないわけではないが、泣き言はいえない。

 

いまや一族の全員が私を頼っているのだ。

 

中国語やハングルやアラビア文字のネオンサインが新宿の夜空を怪しく染めていた。

 

青白い月を眺めながら、いつしか浅い眠りに落ちていた。

 

あなたは、このストーリーをどうとらえますか?

 

ありえない話だと言い切れますか?

 

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